2006年12月9日
レポーター

みんなにご挨拶



ロンピーデ−ン(ホーリン寺住職)に
当時の様子をインタビュー



お宅拝見☆

 

 やっさん
題名
■ インタビュー
内容

 2007年6月中旬、アクセス21代表高橋住職の、ホーリン村でのインタビューに同行させていただいた。HIV/エイズという病気がきっかけとなり、住職がこの村と関わり続けて10年。この10年間の村人、お寺、プラサンヂャイグループ(作務衣を縫製する女性たち)の関わりや、グループリーダーのソムヤーさんをはじめ、同じメンバーであるHIV陽性の女性たちの、辛い過去から今までのストーリーをまとめていくため、そして今後の展望のために行われた。

インタビューした8人の女性たちは全員、夫からHIVに感染した。大体、10代後半から20代後半で結婚している。夫の感染経路のほとんどは、ある時期、区全体で多くの村人が町の工事の日雇いに借り出され、仕事後に飲みに行った先で、他の女性と関係を持ったことによる性行為感染である。
8名中1名を抜かしては、子どもを持つ母親で、夫はすでに他界している。この1名に関しては、お腹に子どもがいた時点で、感染が発覚したそうだ。その頃は、母子感染を防げる薬などなく、中絶せざるおえない状況だった。
私たちは、それぞれのお宅へ訪問し、インタビューした。話しながら時折、涙を浮かべる人、実際に涙を流しながら話す人、淡々と話す人、明るく話す人、8人それぞれ、過去の経験を、現在、どう自身の中で整理しているかは、皆、違っていた。しかし、感染源である夫に対する、「無念」、「憤り」、「悲しみ」、そして「同情」。自分自身の感染を知ったときの、「絶望」。これらの苦悩を乗り越えた後に生まれた「強さ」は、皆、共通して持っていた。子どもを持つ母親としての「強さ」。逆に母親になれなかった「強さ」。家族を支えていかなければならない「強さ」。そして、これからを生き抜いていこうという「強さ」。普段からは見られない女性たちの姿に、私は言葉がでなかった。事実をただ、受け止めることしかできなかった。女性たちは、何一つ嫌な顔せず、どんな質問にも答えてくれた。あの時の言葉を文章にすることは簡単だ。しかし、言葉の中に隠れている奥深いものは、あの空間、風景、女性達の表情、声、心の中にある。伝えきれない。もどかしくも思うが、そんな簡単に表現できない。

私は、彼女たちと付き合って、今年で3年目になるが、彼女たちのプライベートなこと、過去のことを、ここまで詳しく聞いたのは初めてだった。今の私と同じくらいか、それよりも若い年齢で、母親となり、感染を知らされている。そんな、半分「子ども」といえる歳から、HIV・エイズという病気と共に、闘い、生きてきているのだ。彼女たちの過去を知った以上、この事実を忘れてはいけないし、学ばなければいけない。そして、HIV/エイズが年々増え続けている日本に伝えていかなければいけない。タイと日本では環境も違う。時代も変わり、薬もいいものができている。けれど、同じ悲しみ、苦しみは繰り返したくない。何日か過ぎても、整理しきれない気持ちと、言葉に出来ない気持ちは、今後、自分と、自分の周り、そして日本にぶつけていきたい。 


                               

                     
イットさん                  ニーさん

ソムヤーさん




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